君、僕はこんなことを考えて沮喪する心を励ましているのだよ。いつもの話だがどうもわが校には話せる奴(やつ)がいない。O市の天地において僕は孤独の地位に立ってる。から騒ぎ騒ぐ野次馬、安価なる信仰家、単純なる心の尊敬すべき凡骨、神経の鋭敏と官能のデリカシイとに鼻蠢(うごめ)かす歯の浮くような文芸家はいるが、人生に対する透徹なる批判と、纏綿(てんめん)たる執着と、真摯(しんし)なる態度とを持して真剣に人生の愛着者たらんと欲する人は無い。例の瘰癧(るいれき)のO君とはただ文学上において話せるのみだ。彼は根本的思索には心が向かっていない。彼は考えずしてただ味わおうとのみ努(つと)めている。彼の唯一の根底は生の刺激すなわち歓楽である。歓楽からただちに人生に入った彼の内的生活の過程を私は納得することができない。絹糸のごとき繊細なる感受性は持ちながら、知識は荒繩のごとく粗笨な一部の文芸家によって、哲学者の神聖なる努力と豊富なる功績とがいたずらに人生の傍観者なる悪名の裡(うち)に葬り去られんとするのは憤慨すべき事実である。われら哲学の学徒より見れば、いまだかつて哲学者ほど人生に対して親切、熱烈、誠実なる者を知らぬのである。彼はライフを熱愛するのあまり、これを抽象して常に眼前にぶら下げている。あたかも芸術家が自己の作品に対するごとき態度をもって哲学者は自己のライフに面している。かのロダンの大理石塊を前にしてまさに鑿(のみ)を揮(ふる)わんとして息を屏(と)め目を凝らすがごとくに、ベルグソンは与えられたる「人性」を最高の傑作たらしめんがためにじっとライフを見つめているのである。われらは彼の蒼白き頬と広き額と結べる唇とに纏綿たる執着と、深奥なる知性と、強烈なる意欲の影の漂えるのを看過してはならない。フィロソファーとは愛知者という語義だという。しかし私は愛生者をこそ哲学者と呼びたい。
by 『愛と認識との出発(倉田百三)』より抜粋
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